記憶と脳神経細胞が対応することを科学者が発見

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コロンビア大学のSalman E. Quasim率いる科学者チームは、初めて、人間の記憶が特定のニューロンと物理的に結び付いていることを明らかにした。
意識的に記憶を呼び起こす過程に際して、特定のニューロンが反応したというのである。

彼らの実験では、まず、脳信号を追跡するため、神経外科患者の中に電極をインプラントした。
そして、具体的には、患者たちにバーチャルリアリティー上で特定のオブジェクトを記憶に基づいて探すゲームをプレイさせ、脳信号の活動パターンを分析した。
その結果、特定の記憶には、特定の神経活動がマッチしていることが発見されたのである。

研究者たちは、これまで長い間、地理的情報と特定のニューロンの反応が結び付いていることを、グリッド細胞と位置細胞の二種類の細胞が存在することを明らかにしたノーベル賞受賞研究などを通じて理解していた。
しかし、これまで、空間を把握する細胞が、人生経験などを通じて形成するその空間での記憶とどのように結び付いているかは理解されていなかった。

今回の研究では、二つの結果の関連性が明らかになったため、脳機能研究の大きな成果だといえる。
研究チームのリーダーは、今回の発見が過去の異なる記憶を選択的に呼び出す私たちの能力やそれらの記憶が脳内の空間把握マップに与える影響を解明できるきっかけになると考えている。

 

これまで、脳科学の進展によって、言語や視覚など、さまざまな機能が脳内の特定の部位で処理されていることがわかってきていたが、今回、記憶が細胞レベルでの対応要素を持つと判明したことは、大きな応用可能性を持つ。

その一つは、ブレイン・コンピューター・インタフェース(BCI)による人間の思考の解読技術の向上である。
すでに疑似視覚など、多くの事例で研究が進められているBCIだが、今後の研究が進めば、ロックイン・シンドロームで動けない患者や認知症患者などの意思の読み取りや健常者による一種のテレパシー通信技術の実現など、幅広い分野で実用化に向けて技術を向上させることが可能だ。

また、人工知能の分野でも、技術レベルの向上が見込まれる。
人工知能研究の最も優れた成果の一つは、ニューラルネットワークと呼ばれる、神経細胞をモデル化したネットワークを何層も重ねて生み出されたディープラーニングという手法だ。
人工知能研究には、このディープラーニングの手法をさらに進め、実際に人間の脳神経ネットワーク構造をニューラルネットワークとして再現することで、人間並みの人工知能を実現しようとするアプローチが存在する。
実際の人間の脳が、神経細胞一つあたり一つの記憶に対応すると判明したことは、この脳を丸ごとモデル化した人工知能の実現に向けても、大いに参考になるであろう。

さらに、哲学的思考にも大きな影響を与える可能性がある。
脳科学の発展とともに強くなっているのが、近世まで見られた心身二元論に変わる、一元論だ。
このアプローチでは、精神は脳機能として動くプログラムの一つで、脳はそのハードにすぎないと考えるが、実際の物理的対応が詳細に判明したことは、この哲学観を支持する論拠をさらに追加することになるであろう。
そのような考え方では、死後の精神を認めないため、今回の発見は、ひいては死生観などを含む幅広い範囲で人々の考え方に影響する可能性を秘めている。

 

参考:Specific neurons that map memories have now been identified in the human brain.

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